
これはお金の価値観や人生観が正反対である兄弟の人生を舞台に、これからの日本における人生設計の在り方を問うた「貯金兄弟」(PHP文庫)に登場するセリフです。
この本は、高卒で消防士を目指す弟と、有名国立大卒の広告マンの兄が人生設計とマネー戦略をそれぞれの立場から論じているファイナンス入門書となっています。
第1章では
大卒の生涯年収が、高卒の生涯年収よりも、3000万円も低い理由
として、大学進学を勧める兄に高卒で消防士を目指す弟が、これからの日本では大学を卒業して働くよりも、高校卒業後に公務員として働いた方が一生で獲得できる年収は多くなる確率が高いことを論じています。
「大学に行く価値」を生涯年収という視点から捉えた「貯金兄弟」の内容は、大変興味深いものがあったわけですが、この本を読んでみてひとつの疑問が浮かんできました。
そこでここでは、この疑問解消に向け、「貯金兄弟」で紹介されている兄弟のやり取りを紹介しながら、統計データをもとに疑問の答えに迫っていくことにします。
高卒の方が大卒よりも生涯年収は多くなる
このように大学進学を勧める兄に対し、「高卒の方が大卒より稼げる」と、弟は次のように高卒と大卒の生涯年収について紹介しています。
大卒で働く場合、高卒で働くよりも3000万円もの損失が発生し、その3000万円の損失は大卒給与では埋めることができない。
このように弟は「高卒の方が、大卒より稼げる」という主張を展開していきます。
これに対し、兄は次のように反論しています。
この反論に対し、弟は
- 二流以下の大学を卒業しても、高卒の公務員よりも給料は安くなる
- 少子高齢化からすべての会社の売り上げは、必ず右肩下がりになる
- 公務員になれば、リストラされず、高い生涯年収を確定できる
と述べ、兄を説得していきます。
結局、兄は『生涯年収を考えたら、高卒で働くのもひとつの選択だよね』と弟の持論を認め、弟は高卒で消防士になっていきます。
本当に高卒の方が大卒よりも稼げるのか
ここまで、高卒の方が大卒よりも稼げるとした「貯金兄弟」で登場する弟の主張を確認してきました。
ですが、本当にこの弟の主張は正しいのでしょうか。
以下では、弟が主張する「高卒の方が、大卒よりも稼げる」という論拠について疑問に感じる箇所を分析してくことにします。
疑問1 損失の意味について
まず初めに弟の主張を聞いて疑問に思うことが、大学に行くことについての損失に対する考え方です。
弟は、大学に行くことで発生する損失の中に「大学時代に稼げるはずだった金額」として、500万円×4年間の合計2000万円を計上しています。
この2000万円は経済用語で「機会費用」と呼ばれている利益なのですが、この金額を大学に行った生涯年収から差し引く必要があるのでしょうか。
大学入試~卒業までにかかる費用を、高卒の生涯年収より多く稼ぐことができれば、大学に行く価値は発生するのではないでしょうか。
疑問2 高卒と大卒でどれほど生涯年収は違うのか
2つ目の疑問は、「貯金兄弟」の本文中には大卒の生涯獲得年収のデータが紹介されていない点についてです。
果たして、本当に大学を卒業しても生涯年収は高卒の生涯年収とさほど変わらない程度なのでしょうか。
下のグラフは労働政策研究・研修機構が調査、まとめている 『ユースフル労働統計2017 ―労働統計加工指標集―|労働政策研究・研修機構(JILPT)』で発表している学歴別の生涯獲得賃金の平均値です。
これによると、高卒の生涯年収(男性)およそ2億5400万円に対し、大卒の生涯年収(男性)は2億8900万円と、その差は3500万円となっています。
また、弟が目指す公務員の生涯年収は、総務省が発表している平成28年地方公務員給与の実態から計算することができます
学歴 | 生涯年収 |
高卒・公務員 | 2億4100万円 |
大卒年収との差 | 4800万円 |
※60歳までの賃金合計・退職金は含めない
これらのデータを見る限り、大卒における生涯獲得年収は高卒と比べ、4000万円前後の開きが見られます。
さらに、退職金や60歳以降の再雇用収入を加えることで、もっと大きな開きにつながっていくはずです。
疑問3 高卒で公務員は三流大学より簡単なのか
「貯金兄弟」の中で、次のような兄弟の"やり取り"があります。
この"やり取り"を目にしたとき、「高卒で公務員になることは、三流大学に合格するよりも簡単なことなのだろうか」という疑問を抱きました。
そこで、弟が目指し、主張の根拠としている東京消防庁の採用状況を確認してみました。
高卒区分にあたるⅢ類の採用倍率は、なんと20倍にもなるのです。
この狭き門を突破することを前提として論じることができる偏差値とは一体どれほどのものなのでしょうか。
疑問4 公務員は本当に安定・安泰の職業なのか
「貯金兄弟」の中で、公務員は安定・安泰の職業として紹介されています。
しかし、この考え方こそ今の時代にそぐわない考え方なのではないでしょうか。
私自身、公務員だった経験があるのですが、公務員を辞め、一般企業へと転職しました。
また、毎年膨れ上がる財政赤字から破綻する地方自治体も多く存在しており、公務員にさえなれば、高額な生涯年収が確定し、リストラなく生涯が安泰であると言われる時代こそ終わったと考えるべきなのではないでしょうか。
大卒は、高卒より生涯年収は増えるのか
「貯蓄兄弟」の兄弟が展開する"やり取り"について、疑問に感じたことを列挙してみましたが、あなたはこの4つの疑問を読んでどのように感じましたか。
ここまでに紹介したデータを見る限り、何だか大学へ進学した方が良さそうな気がしてきます。
そんな感想を持った方に向け、次のようなデータも紹介したいと思います。
こちらは、企業規模・男女・学歴といった3つの視点から生涯年収を紹介したグラフになります。
区分 | 生涯年収 |
大卒・中小企業(男) | 2億2210万円 |
大卒・中小企業(女) | 1億9870万円 |
大学卒業後に就職する企業が、企業規模100未満だった場合の生涯獲得年収は、高卒・公務員のそれを大きく下回る金額となっています。
中小企業が日本企業の99.7%を占めている現代において、この金額も頭の片隅に入れ、高校卒業後の進路について考えていく必要がありそうです。
以上、本日は「大卒の生涯年収が、高卒の生涯年収よりも3000万円も低くなる理由」について紹介しました。最後までお読みいただき、ありがとうございました。